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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)7185号 判決 1973年5月29日

原告

小林久樹

ほか一名

被告

謝花良明

ほか一名

主文

1  被告謝花良明は原告らに対し各金三〇七万三、三三三円およびこれに対する昭和四六年八月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らの被告謝花良明に対するその余の請求および被告大東京火災海上保険株式会社に対する請求はいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、原告らと被告謝花良明との間に生じたものの一〇分の七を被告謝花良明の負担とし、その余をすべて原告らの負担とする。

4  本判決は主文1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

「被告謝花良明は原告らに対し各金四三六万円、被告大東京火災海上保険株式会社は原告らに対し各金七五万円および右各金員に対する昭和四六年八月二二日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告謝花

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

三  被告大東京火災

1  本案前の申立

「原告らの訴を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決

2  本案につき

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決

第二当事者の主張

一  原告 請求原因

(一)  事故の発生

1 日時 昭和四〇年一二月五日 午前一時五分頃

2 場所 横浜市神奈川区大口通一番地先交差点

3 加害車 普通貨物自動車(横浜一さ一八一号、以下甲車という。)、訴外大友寿運転

4 被害車 軽四輪乗用自動車(八横浜す一〇八二号、以下乙車という。)、訴外織田正尊運転、小林茂樹助手席に同乗

5 事故態様

乙車が、青信号に従い子安駅方向から大口駅方向に向い右交差点に進入したところ、甲車が赤信号を無視して左方より同交差点に進入し、甲車の右前部を乙車の左前側部へ衝突させ、そのため茂樹は路上に転落し頸骨骨折等の傷害を蒙り、同日午前二時三〇分同区富家町五五番地県立交通救急センターにおいて死亡した。

(二)  責任原因

1 被告謝花は、当時甲車を所有し、従業員大友をしてこれを運転させて自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。

2 被告大東京火災は、昭和四〇年一月二九日被告謝花との間で甲車につき、同被告を被保険者とし、保険期間を同日より一年間、保険金額を一五〇万円とする自動車対人賠償責任保険契約を締結した。ところが、被告謝花は本件事故による損害を賠償する資力はなく、また原告らに賠償をして被告大東京火災に右保険金を請求しようとしない。

従つて、原告らは、民法四二三条により、被告大東京火災に対し、被告謝花に対する損害賠償請求権に基づき、被告謝花の被告大東京火災に対する保険金請求権を代位行使する。

(三)  茂樹の損害

1 逸失利益 七七二万円

茂樹は、昭和一七年八月三一日生(事故当時満二三才)の健康な男子で、当時原告久樹の経営する小林電機製作所に勤務し、年収五一万円(月収三万円、夏期・冬期一時金合計一五万円)を得ていたので、生活費を三〇パーセント控除し、同人の稼動年数を四〇年間として、ホフマン式により年五分の中間利息を控除して同人の逸失利益を算定すると七七二万円(万未満切捨て)となる。

2 慰藉料 二〇〇万円

茂樹は、日本大学法学部を卒業し、小林電機製作所に勤務し、将来は原告である兄小林久樹と共に右製作所の経営にあたることが予定され、前途洋々たるものがあつたのに一瞬にしてその生命を奪われ、しかも本件事故は訴外大友の一方的過失によるものであること等諸般の事情を考慮すると、茂樹に対する慰藉料は二〇〇万円が相当である。

(四)  原告らの相続等

原告久樹は、亡茂樹の兄であり、原告満子はその姉であり、亡茂樹には原告らの外相続人は存在しない。従つて原告らは茂樹の右損害を各二分の一宛相続した。

なお、右相続分のうち、亡茂樹の慰藉料が認められない場合には、同人の死亡に伴なう原告ら固有の慰藉料各一〇〇万円を選択的に主張する。

(五)  損害の填補 一〇〇万円

本件事故につき、原告らは自賠責保険から各五〇万円を受領した。

(六)  結論

よつて、被告謝花は原告らに対し各四三六万円、被告大東京火災は原告らに対し各七五万円および右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年八月二二日から各支払済みに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  被告謝花 答弁

請求原因(一)(事故の発生)・(二)(責任原因)の事実は認め、同(三)(亡小林茂樹の損害)・(四)(原告らの相続等)・(五)(損害の填補)の各事実は不知。

三  被告大東京火災

(本案前)

(一) 本訴は民法四二三条の要件を欠き不適法である。

1 本件保険契約が締結された昭和四〇年一月二九日当時の約款はいわゆる旧約款(昭和二二年から昭和四〇年九月三〇日まで実施以下本件約款という。)で、同約款は第二条でいわゆる先履行主義を規定しており、従つて被告謝花が賠償しない以上同被告の保険金請求権は発生しないので代位の要件を欠くものである。

2 また本件事故は、昭和四〇年一二月五日頃発生し、茂樹は同日に死亡した。従つて同日より本訴提起まで三年以上経過しているので茂樹死亡による損害賠償請求権は時効消滅している。よつて、原告らの被告謝花に対する請求権も消滅したので、代位の要件を欠くものである。

(二) 本訴は民事訴訟法二二六条の要件を欠き不適法である。

前述のとおり、保険金請求権はいまだ発生していないので、本訴はいわゆる将来の給付の訴であるところ、民事訴訟法二二六条にいう「予め請求をなす必要ある場合」に該らない。

(請求原因事実に対する答弁)

請求原因(一)(事故の発生)の事実中、1ないし4の事実は認め、5の事実は不知。

同(二)(責任原因)の事実中、1の事実は認め、2の中、原告ら主張の保険契約を締結したことは認め、被告謝花が無資力の点は不知、その余は争う。

同(三)(亡茂樹の損害)の事実中、1の事実は不知、2の事実は否認。

同(四)(原告らの相続等)の事実は不知。

同(五)(損害の填補)の事実は認める。

四  被告ら 抗弁

本件事故は昭和四〇年一二月五日に発生し、被害者茂樹は同日死亡したものであるところ、本訴提起までに三年を経過しているので亡茂樹死亡による損害賠償請求権は、いずれも時効消滅している。

なお、亡茂樹の相続人であつた母小林よしのは、昭和三一年六月二三日最後の住所地である本籍地から所在を断ち、以来行方不明であるため、昭和三八年六月二三日に失踪宣告の期間が満了しているにもかかわらず、原告らは右事実を知りながら、失踪宣告の手続を怠つたばかりか、被告謝花の失踪宣告申立を争い、結局昭和四六年一月二二日に右よしのの失踪宣告が確定したため、原告らは始めて相続人としての資格を取得するに至つたものである。このように自らの資格取得を怠つた責任を被告の不利益に帰せしめることはできないというべく、従つて本件事故後、よしのの失踪宣告を受けるのに通常相当な期間経過後から、消滅時効が進行すると考えるのが相当であり、本訴提起当時は、既に時効が完成していたというべきである。

五  被告大東京火災

(一)  本件事故は訴外大友の飲酒酩酊運転により発生したものであり、従つて本件約款第四条第四号により被告大東京火災は責任がない。

(二)  本件保険契約は、被保険者の債務の四分の三を負担する契約であるので、仮に責任が有るとしても、右限度に限定されるべきである。

六  原告ら

(一)  消滅時効について

本件事故に関する原告らの損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、小林よしのに対する失踪宣告が確定し、そのため原告らが相続人たる資格を取得したことを知つた昭和四六年一月二五日である。

親族が不在者の生存を願うのは当然であつて、小林よしのの子である原告らが、失踪宣告の手続をしなかつたり、また被告謝花の申立を争つたからといつて不当なところは全くない。

(二)  保険約款の効力について

1 先履行主義(本件約款第二条二項)について

(1) 一般に責任保険契約とは、「被保険者が第三者に対して一定の財産的給付をなすべき法的責任を負担したことにより蒙る損害を填補することを目的とする保険契約」であるとされている。自動車保険普通保険契約も責任保険契約の一種であり、そこにおける保険事故たる「第三者に対する一定の法的責任の負担」とは、自動車事故の発生になるはずである。被保険者は自動車事故と同時に損害賠償債務を負担し、その後は具体的確定の手続をまつだけだからである。ただ自動車事故の発生だけでは法的責任といつても抽象的である。そこで一般的には第三者に対する法的責任の負担という保険金請求権発生の要件を第三者から訴求を受ける等更に加重することは契約自由の原則から差支えないとされている。しかし、どこまでその要件を加重できるかは、各種の責任保険により具体的事情を考察したうえで決すべきであると考える。

(2) 本件約款第二条二項は先履行主義を規定し、責任保険契約における保険金請求権発生のための加重要件としては、およそ考え得る最も厳しいものである。

自動車保険普通保険は他の責任保険と同様被保険者が自動車事故の発生によつて第三者に損害賠償債務を負担するという被保険者の一般財産に生ずる損害を分散軽減するという損害保険に共通の目的のほかに、自動車保険の特殊性として自動車事故の被害者の救済に確実を期すという機能があある。この特殊性は、自動車が社会の末端まで浸透している交通機関であり、増大している自動車およびその事故が社会的性格を帯びているがため、自動車保険の契約の解釈にあたり無視できない、否被保険者の一般財産に生ずる損害の分散という機能とならんで重視しなければならないものである。この被害の確実な救済という機能は自動車損害賠償保障法による強制保険においては特に強く、そこでは責任保険一般に共通の機能即ち被保険者の負担する責任の分散軽減という機能はむしろ後退し、被害救済が第一の目的とすらいいうる。しかし、自動車保険普通保険契約においても、自動車事故による被害者の損害の膨大さ、強制保険の金額の僅少さおよび前述の自動車そしてその事故のもつ社会的もしくは公共的性格等を考えると、この機能は強制保険の場合に比し、決して少くなるものではない。

(3) 被保険者がすべて自動車事故により負担した損害賠償債務を確実に履行するならば、被害者は確実にかなりの程度の救済を受けられるから、先履行主義をとつても、自動車保険における被害者救済という機能を没却することはないであろう。

しかし、現代においては自動車は前述のとおり社会の末端にまで行きわたり、一般大衆が保有するに至つている。しかも被害者は確実に救済されるべきであるのに、多くの場合彼等には被害者に生じた膨大な損害を賠償する資力はない。だからこそ彼等は、万一発生した事故に備えてその損害賠償債務を保険会社に代替してもらうために自動車保険を締結するのである。かかる情況において先履行主義を貫いたら、いかなる事態が発生するかは明らかであろう。多くの場合、保険契約者としては保険契約締結の目的を達し得ないし、被害者の確実な救済という自動車保険における特殊重要な機能を全く果たし得ない。

(4) 右のとおり、先履行主義は全く不合理な現定というほかないであろう。

2 酩酊運転(本件約款第四条四号)について

(1) 本件約款第四条四号については、まず被保険者にとつて偶然の事故について免責されるとしている点で問題がある。

(イ) 被保険者が自動車で事故を起す場合、保険金請求権と関連しては、大別して三種考えられる。一つは被保険者が無過失の場合で、この場合には被保険者は被害者に対し何等責任を負わないから保険金請求権の問題も発生しない。つぎは被保険者に過失のある場合で、この場合は被保険者は被害者に対し損害賠償債務を負担するが保険事故の要件たる偶然性を満たすから一定限度内で保険によつて填補される。第三は被保険者に故意もしくは重過失のある場合で、この場合は被保険者はやはり被害者に対し損害賠償債務を負担するが、故意の場合は当然に、重過失の場合も故意に準じて事故に偶然性の要件が備わらないので保険金請求権は発生しないとされている。

(ロ) 自動車事故を起した自動車の運転者が被保険者でなく、被保険者の使用人である場合には、使用人の故意、重過失はそのまま被保険者のそれにあたらないことは明らかであり、被保険者が右の三種のいずれにあたるかについては、また更に考えなければならない。使用人が事故を起した場合に使用者が損害賠償責任を負担するのは大部分は選任、監督上の「過失」があるとされるからであつて、選任監督上の「重過失」があるというのは、使用人の無免許運転や酩酊運転を知りながら放置するというようなごく特殊な場合である。むしろ重過失なる概念は大部分は運転者もしくは場合によれば助手といつた事故に直接関与した者の態様についてのものと考えられる。使用者が堅く禁じているに拘らず、使用人が酩酊運転や無免許運転をし、事故を起してしまうという場合も少くないが、このような場合に使用者に「重過失」がないことは明らかで、使用者にとつてはあくまで偶然の事故である。保険の目的たる自動車が使用人に運転されて事故が起つた場合は、仮令その使用人に重過失や悪質な法令違反行為があつたとしても、使用者に関しては大部分はせいぜい過失にとどまること明らかであろう。

事故従つて第三者に対する損害賠償債務の負担が偶然であるか否か、即ち保険事故となるか否かは、あくまで債務負担の当事者即ち被保険者について考えられるべきであり、その使用人等の自動車運転の態様を被保険者についてと同視することはできないと考える。

(ハ) このように考えてくると本件約款第四条四号は全く不合理な規定というほかないであろう。何故ならこの規定は、右に述べたように被保険者にとつて偶然生じた債務負担(被保険者は自己に偶然生じたあらゆる債務負担を填補してもらうことを欲して保険契約を締結するのであつてそれは被保険者の合理的な考えである)についてまで保険会社が免責されることになるからである。この規定によつて被保険者は保険契約締結の目的を阻害されるし、それがひいては前述のように被害の確実な救済という自動車保険の特殊な機能も果たし得なくなるのである。

(2) 更に本項は法規違反運転の場合全てを一括して免責している点で著しく合理性を欠く規定である。

およそあらゆる交通事故というものは、いずれかの当事者の何等かの法規違反が伴つて生ずるものであることは、道路交通法規の規定の詳細さを見れば明らかであろう。従つて法規違反運転の事故の場合に免責されるということは殆んど全ての交通事故の場合に免責されることに他ならない。この不合理はこれ以上詳細に論ずるまでもないであろう。

(3) 本規定を置かなければ、法規違反の運転を助長することになるという主張がある。しかしこの主張は全く理由がないと思われる。法規違反運転の抑止は刑事罰や道路行政の問題であつて、自動車保険契約の問題ではない。自動車保険はあくまで被保険者が偶然に自動車事故で負担した損害賠償債務を填補し、被害の救済を確実に行うことにあるに過ぎない。仮令、自動車保険契約が法規違反運転を抑止するに一役買うべきであるとしても、そのためには、被保険者の悪意、重過失による事故の場合に免責し、被保険者の使用人の悪意、重過失の場合には当該使用人に確実に求償すれば充分にその役を果たせるものである。被保険者の保険契約締結にあたつての合理的な目的に反し、更には被害救済を拒否してまで、かかる免責規定を置く合理的な理由は全く存しない。

3 両条項の効力

(1) 以上論じてきた両条項の効力を論ずるにあたつては、約款による契約という保険契約締結の過程も考える必要があろう。多くの場合自動車保有者は万一生じた事故による損害賠償債務を保険会社に肩代りしてもらうために保険契約を締結するのであるが、先履行主義および法規違反運転免責の規定ではその目的を達し得ないこと前述のとおりである。しかしこの保険契約は約款による契約である。保険契約を締結しようとする者は、約款の規定の作成に保険契約者が全く関与する余地がないことは、他の約款における契約の場合と異らず、またその規定は各保険会社に共通であつたから、彼等の目的を達し得る契約を締結する余地がなく、ただ保険会社の示す保険を締結するか、しないかの二者しかないのである。

(2) 約款の解釈においてはかように契約締結の際に一方が関与する余地が全くないため、その解釈にあたつては契約内容に不合理さがないよう特に注意すべきであることは、今更論ずるまでもあるまい。しかし、本件約款第二条二項および同第四条四号は約款による契約の規定でありながら、前述のように著しく不合理な規定である。従つてかような場合には、本件約款第二条二項および同第四条四号は例文に過ぎず合意としての拘束力を何等持たないと考えなければ、本件約款における契約の合理性は何ら確保できないものである。

第三証拠関係〔略〕

理由

第一被告謝花に対する請求について

一  請求原因(一)(事故の発生)および(二)1(責任原因)の各事実は当事者間に争いがない。従つて、被告謝花は自賠法三条により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

二  そこで損害について判断する。

(一)  亡茂樹の損害とその相続

1 逸失利益

〔証拠略〕によれば、被害者亡茂樹は本件事故当時満二三才(昭和一七年八月三一日生)の健康な男子で、昭和四〇年三月に日本大学法学部を卒業し、以後、実兄である原告久樹が経営し、電気機械修理販売業を営む小林電気工業所(従業員計六名)に勤務し、給与として毎月二万五、〇〇〇円を受領し、昭和四〇年の夏季賞与として七万五、〇〇〇円を受領したが、同年末の賞与としてもほぼ右と同額の支給が予定されていたこと、そして事故当時は右兄の許に居住し、同家で食事の提供を受けていたこと、また原告久樹は将来同人を小林電気工業所の経営に参画させることも考えていたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実および公知の事実であるところの一般の男子労働者の平均賃金によれば、被害者亡茂樹が本件事故により死亡しなければ、事故後少なくとも四〇年間就労が可能であり、その収入は食費・住居費を考慮すると、総じて、年間七〇万円を下らないと推認され、また同人はそれから生活費等としてその四〇パーセントを支出するものであることも推認されるから、この支出を免れた生活費を控除し、さらに判決言渡日までは単利(ホフマン式)その後は複利(ライプニツツ式)により年五分の中間利息を控除して昭和四六年八月二二日現在の逸失利益の現価を算定すると少くとも原告ら主張の七七二万円を下らないと認められる。

2 原告らの相続分

〔証拠略〕によれば、亡茂樹の法定相続人は、いずれもその兄姉である原告両名および訴外小林賢治の三名であることが認められるので、原告らは法定相続分により茂樹の前記損害七七二万円の各三分の一に当る二五七万三、三三三円(円未満切捨)をそれぞれ相続したものと認められる。

(二)  慰藉料

〔証拠略〕によれば、茂樹は昭和二六年一二月(九才)父俊司と死別し、また母よしのが、かねてから寺参り等のため他出の機会が多かつたうえ、昭和三一年六月托鉢に出ると称して原告らや茂樹の宅(原告久樹肩書住所)を離れたまま現在なお所在が知れないこと、原告久樹(大正一五年生)は父俊司の死後家業である電気機械修理業を継いで一家の支柱をなし、その働きで茂樹を高校、大学に通学させ、原告満子(昭和三年生)もまた、母よしのの右失踪のかなり以前から、自ら結婚して実家を去つた昭和三三年までの間母に代つて茂樹を含む一家の家事一切を処理してきたことを認めることができる。

右事実によれば、原告らは、茂樹の兄姉であるが、多年にわたり、弟茂樹の養育につとめたものということができ、それぞれ民法七一一条に明示された親族に準ずるものとして茂樹の死亡に基く慰藉料を請求すべき地位にあるものというべきである。

従つて、前記認定の本件事故の態様、茂樹の年令・職業、原告らと茂樹との関係等本件に現われた諸般の事情を考慮すると、本件事故により茂樹の生命を失つた原告らに対する慰藉料は、原告ら主張の各一〇〇万円を下らないと認めるのが相当である。

(三)  損害の填補

本件事故につき原告らが自賠責保険から各五〇万円を受領したことは、原告らの自認するところである。

三  抗弁について

被告は本件損害賠償請求権は時効により消滅した旨主張する。そこで検討するに、原告らは昭和四六年一月二二日小林よしのの失踪宣告が確定したことによつて亡茂樹の相続人たる地位を有することが明らかとなつたことは当事者間に争いがない。

そして不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が損害および加害者を知つた時から進行するところ、損害賠償請求権を相続した場合には、相続人において、自己が相続人であることを知つた時から進行すると解すべきである。被告は本件の如き失踪宣告手続の遅れた場合には、右宣告を受けるのに通常必要な時間経過後から進行する旨主張するが、原告らに母親の失綜宣告を申立てるべき義務はなく、その遅れを責められるいわれはないので、右主張は採用できない。従つて、消滅時効の抗弁は理由がないというべきである。

ところで、原告らが本訴において請求する賠償請求権のうちには、原告ら固有の慰藉料が存する。しかし、死者の近親者に固有の慰藉料が認められる場合にあつても、その金額等については、財産上の損害賠償請求権の範囲、帰属と無関係に定まるものではないので、右近親者において、相続した損害賠償請求権につきなお時効が完成することなく適法にこれを行使し得る場合には、それらの者の有する慰藉料請求権もまたこれを行使することができるものと解すべきである。

四  結び

従つて、被告謝花は損害賠償として原告らに対し、右損害合計各三五七万三、三三三円から填補済みの各五〇万円を控除した各三〇七万三、三三三円を支払う義務がある。

第二被告大東京火災に対する請求について

一  本案前の判断

被告大東京火災は、同被告に対する請求は不適法である旨主張するが、以下の理由により右主張は採用できない。

すなわち、まず民法四二三条の要件を欠くとの主張については、被代位債権である保険金請求権の存否は、訴訟要件ではなく、本案についての判断対象であるし、また代位債権である被告謝花に対する損害賠償請求権が時効により消滅したとの主張が理由のないことは前述のとおりである。また民事訴訟法二二六条の要件を欠くとの主張については、その前提である本件約款第二条第二項のいわゆる先履行主義については、被保険者に賠償能力がない場合に、債権者において民法四二三条に基づいて被保険者に代位して請求する場合にまで適用される趣旨とは解されないところ、被告謝花本人尋問の結果によれば、被保険者たる同人には賠償能力はないと認められ、右認定に反する証拠はない。従つて右主張も理由がない。

二  本案について

被告大東京火災が昭和四〇年一月二九日被告謝花との間に原告ら主張の自動車対人賠償責任保険契約を締結したことおよび本件事故が、甲車の運転者訴外大友寿の酩酊運転中の事故であることは当事者間に争いがない。

ところで酩酊運転のうち本件約款第四条第四号(証拠略によれば「保険の目的が法令又は取締規則に違反して使用又は運転せらるるとき」)に該当するものとして免責とされるのは、本件事故当時の道交法一一七条の二第一号にいう運転者が「アルコールの影響により車両等の正常な運転ができないおそれがある状態」で運転した場合をいうと解されるところ、〔証拠略〕によれば、甲車の運転者訴外大友は、事故前日の一二月四日午後七時頃一人で日本酒を三六〇ミリリツトル位飲酒し、その後同日一一時頃友人の訴外小川和雄と二人で日本酒七二〇ミリリツトル程飲酒したのち、翌日の午前一時五分頃酒の酔いもあつて、信号が赤信号であることを知りながら、本件交差点を進入通過しようとして本件事故を惹起したこと、同日午前三時半頃の検知管検査の結果でも、同人は呼気一リツトル中のアルコール濃度が〇・五ミリグラム以上と測定され、また当時酒臭が強く、眼は充血し、言語はくどく、ふらつく状態であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故は甲車の運転者大友が道交法一一七条の二第一号にいうアルコールの影響により車両の正常な運転ができない状態で運転した結果惹起されたものと認められる。従つて被告大東京火災は本件約款第四条第四号により免責されるというべきである。

原告らは、右免責条項は著しく合理性を欠き、またその内容について保険契約者は全く関与する余地はなく、右はいわゆる例文に過ぎず、合意としての拘束力を持たない旨主張するが、右条項はいわゆる酒酔い運転のように危険の発生のあるいは増加の蓋然性が極めて大きいものとして自動車の使用または運転を禁止しているような重大な法令違反行為で右行為が罰条に該当し、かつ、右法令違反と事故との間に因果関係のある場合に限り、免責とすることを定めたものと解するのが相当であり(最高裁判所昭和四四年四月二五日判決民集二三巻四号八八二頁。)、右の如く解する以上原告ら主張のように特に不合理な規定とはいえず、また右が単なる例文であると認めるに足りる証拠はないので、右主張は理由がない。

従つてその余の点について判断するまでもなく原告らの被告大東京火災に対する請求は失当というべきである。

第三結論

よつて、原告らの本訴請求のうち、被告謝花に対し各三〇七万三、三三三円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年八月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、被告謝花に対するその余の各請求部分および被告大東京火災に対する各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条・九二条・九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨 田中康久 大津千明)

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